イッシーさんのブログ

サラリーマン俳優兼落語家の「演じること」を模索する日々の独り言

この感情は誰のものでもない

本当に湧き上がる感情は誰のものでもない。

だから、アスリートの極限から滲み出る感情や本物の演技で人は魅了される。共感され一瞬で共有される。

「生きる」

この全くもって不可解な不文律は、人を個に貶め、重力やエントロピーの呪縛の中に精神を埋没させる。

「精神」

神の詳細。

この身に宿った、誰のものでもない、つまり、全ての為であり、また、全てそのものである「感情」を解き放つのが生きる意味である。

その方法を宿命と運命の圧力で、絞り出し、紡ぎ出し、引き出し、押し出す。

全ての科学とこのシステムは、新たなる世界の神をもまだ見通していないファーストソースにたどり着き、新たなる営みを始めるための感情を育てるための熱であり、回流に過ぎない。決して目的ではないのだ。

そう。科学やシステムは方法であり、命の全ては試みでしかない。

熱と力を加えて、感情を精錬する。